戯言・屁理屈の最近のブログ記事

できることは異常、できないことは正常。


社会人になって2年目以降この考え方をするようにしてきました。
自分のポリシー。


できることが人に当てはまりますが、できることが正常=普通=100%=できて当たり前とするとできること自体を感謝しなくなることがあり、100%のことで満足できず150%も200%も望んでしまう。

自分自身に求めるのならば問題は発生しないが、できること自体が普通という考え方を他人に求めると傷害が発生し無理が発生する。他人に期待してしまう。他人に期待というのはまったく抽象的で何の価値もないこと。


他人に期待をするのではなく、できないことを正常であり普通とすると、できたことが起きたら素晴らしいと感じ、例え目標とする100%のもを70%までできたとすると70%もできたと感じるでしょう。

逆に100%が正常とすると100%になっていないととおかしいとなり、できないことは引き算で出来ない事柄をどんどん考えてしまう。できるとさらに良くするために色んなことを追加していく。自分にとってはそれでいい。他人にはそれを求めてはならない。


仕事ではそれは困ると思うのであれば、できる人ができない人のサポートを多くすれば済む話。仕事を外注先に依頼しても同じである。その道のプロだから当然できるという考え方を他人に求めるのは非常に危険。


そうすると人に求めるレベルが低くなります。


人に高いレベルを求めると、相手にどんどんプレッシャーを与えてしまい、どんどん負の力が働きすべてが上手く回らなくなる。納期の遅れから精神的にダメージを与えてしまうことなど。


人に厳しいひとは自分にも厳しいという考え方は間違いが多い。
人は100%ではない。例え自分に厳しいとしたとしても何処かに弱い部分や抜けがある。


人に優しいひとは自分に厳しい。
許容があり余裕がある。そして自分の弱さを知っているから他人にも弱さがあることを理解している。


自分に求めるのは「できることを正常とし目標、できないことは減らすことを目標」
他人に求めるのは「できることは異常、できないことは正常」と考える。

「思っていたことと違う」、「イメージと違う」を言うひとは仕事ができない。


落ち着いていたが、ここ最近になって急にこの言葉を使うひとがが増えてきた。
私に関係していても関係していなくても色んなところで聞きます。


「思っていたことと違う」、「イメージと違う」は伝えてもいないし、伝わってもいないので、当然このようなことが起きる。想定できる内容。


伝える側に責任がある。伝えるのは仕事である。


「思っていたことと違う」、「イメージと違う」ならば、具体的にと尋ねても、具体的には話せない。この言葉を話すひとは具体的に話すことが不得意である。イコール仕事ができない。偽仕事ができるひとに多い。


仕事ができるひとは、伝え方をあらゆる方法で伝える。伝わっていなければ伝え方を変える。繰り返す。「思っていたことと違う」、「イメージと違う」の言葉は使わない。なぜなら仕事だと思っているから。


「思っていたことと違う」、「イメージと違う」を使うひとには共通点がある。
・部下がいない
・部下を育てられない
・言葉数が少ない
・とにかく考えたくない
・能力が高いひととしか仕事ができない
・絶対に責任を持ちたくない、ひとに押し付ける
・話さなくても伝えていなくても相手はわかってくれていると本気で思っている
・自分の気持ち、お客からの要望、社内の意見、納期、コスト、品質など、それぞれを分けて考えられない。基本すべて一緒。整理ができない
・ひととの関係性(業者間)を無視した発言をする


こういうひとにはなりたくないので、私は気をつけます。

仕事での飲み会には意味があると思っている。


打ち上げから接待、会社間の交流会など色々な飲み会があるが、楽しんでいるかの雰囲気だが、基本戦場である。


地位が高い人や仕事の進め方がうまい人、人望が厚い人は飲んでいても考えている、
観察している、見抜いている。これがわからないと仕事のチャンスを与えてもらえない、信用も得られない。


なんだ、そうい人なんだ。まだまだダメだな。・・・とか
ただ飲んでいるだけだな。まだまだダメだな。・・・とか
信用できないな。あの話をふるのはやめておこう。・・・とか


わかる人にはわかるが、分からない人は気づかないかぎりまったくわからないことである。
私にはとっては非常に簡単なことであり、人として当然だと思っていたけどそうでもなかったみたい。


ダメだな。と思う瞬間はいくつかの言動・行動がある。


簡単な例えは・・・


飲んでいて、上司や地位の高い人が話しているときに「一瞬」顔が仕事の顔になり真面目モードになる。その瞬間から話を聞く体制を切り替えられる人は、


「こいつは大丈夫だ。しっかりしている。」と思われる。


逆に話を切り替えられることができない人は、「ダメだな」と思われる。


話を切り替えられることができて、話している顔を見ずに下を向いていたとしたら


「外ずらはいいな。ダメだな。でも使いようだな。」と思われる。


少し高度の例えは・・・


つまらない話をしているときである。これが難しい。素直につまらない話をしているときとわざと試すようにつまらない話をするときである。


これも同じように聞けているから聞けていないかを判断している。


中級クラスの大学に出ている人や普通のIQがある人がやってしまう行動が下を向いて話を聞いてしまう。飲み会が終わった後、同期や先輩に「あのつまらない話、どうにかならないですかね。」と言ってしまう。


気づかれていないと思うが、試してつまらない話を言っているときは、残念ながらその行動は監視されている。チャンスや信用を失う。


こういう場合どうすれば良いか。はそのつまらない話をする人がこの飲み会でどのような行動をとったかに寄る。できる人たちは大抵話を割って入ってくる。しかも絶妙なタイミングで。笑いながら入ったり、別の話にうまく切り替えたり、それは違いますよと否定しながら話をさらに味つけて入ったりと。


きちんと聞くか聞かないかは個人の判断なので選択はどちらもいい。
私は仕事のチャンスを増やしたいし、信用を得たいのできっちり対応する。って感じでしょうか。

またその状況に出くわしたときに、ターゲットが私ではなく他のひとであったときに、その状況は私にとっては非常に楽しみである。


適当なこと言っているので気になさらずに。普通に楽しんで飲む飲み会もありますから。

これは屁理屈です。


ものづくりには想いはいらない。精神・魂でつくる。


簡単な理屈。これをわかっているひとはどれくらいいるだろうか。


気持ちでつくるのではなく、そのものに没頭すること、集中することである。
全神経をそのものにいれるのである。


想いでつくるものは自己満足が多い。よって良いものではない。
日本古来から精神・魂でものをつくってきた。


今は・・・。


アニメの監督で考えるとわかりやすい。


精神・魂でつくっているアニメの監督は、
・・・宮崎 駿監督


想いでつくってしまったアニメの監督は、
・・・宮崎 吾朗監督


想いでつくるひとは精神論は通用しない。
当然ながら本質を理解することも一生できない。

目的と目標がぶれるのが世の中では普通だということがわかりました。


目的と目標はぶれるものではないと思っていたのですが、これは多くの人にとっては普通ではないことに気づきました。


例えるならばこんなことです。


目的は陸上選手になりたい。目標は、陸上選手になるには全国にある7大会ある内の5大会で優勝しないといけない、5回優勝するとする。


5回優勝するにはどうすれば良いのかって考え、できる作業に目を向ける。
ここまでは誰でもやること。


ここから目的・目標がぶれるからぶれないかがわかれる。


ぶれるひとたちとは、早く走るにはどうするのかと考え、まずは健康だ。健康を維持するためにはどうするか。きちんとした食事が必要だ。ビタミンB1?B6などを満遍なくとる必要がある。B1とは何だ。B1とはチアミンであると。チアミンとは何だ。チアミンは糖質および分岐脂肪酸の代謝に用いられ、不足すると脚気や神経炎などの症状を生じる。卵、乳、豆類に多く含有される。なるほど?。他のB群はなんだろう。調べてみよう。う?ん。ちょっと待てよ。ビタミンCはいらないのだろうか。ビタミンB群を全部調べてからビタミンCを調べてみよう。調べ終わったらビタミンをどのタイミングで摂取するか調べてみよう。それが終わったらビタミンBとビタミンCの違いをエクセルにまとめてみよう。


このようにいつの間にか陸上選手という目的・目標から健康とは何かビタミンとは何かに目的が変わってしまっている。
この人に陸上選手になりたかったんじゃないのって言ってみると「あっ!そうだった。」と気づく。大丈夫なのだろうか。と思う。


周りの人を観察し、実験・調査からA型の人に多くいることがいまのところの見解。
普通と呼ばれている人たちは殆どがぶれるみたいですね。


ぶれない人には口癖がある。「そもそも」「当初の目的は」「今回の話って○○○が目的ですよね。」などなど。

地元のツタヤでよくDVDやCDをレンタルします。


なのでポイントが溜まります。
ポイントを使うことがとても多い。


こちらも聞くタイミングが悪い。


ツタヤのメンバーズカードを提示してレンタルするDVDやCDをピッピッとスキャン。
利用日数を聞く。合計金額がでる。その金額でお金を置く。ここまで


後支払いして受け取るだけで終わる。
うまく行っているのにあえてここで聞く。


「160ポイントあるのでポイントを利用しますか?」


使った方がいいのか、使わない方がいいのか立ち止まっているひとをよく見かける。
自分も立ち止まる。使うか悩む。


じゃ?利用してください。
とした場合金額が変わるので、お釣りを少ないよう準備したときは大変である。


いちいちお金を財布に戻さないといけない。
で決済が終わってまた財布にお釣りを入れる。

面倒をかけていると感じたことはないのだろうか。


カードを提示してスキャンするときまたはスキャンをしているときに、ポイントを利用しますか、お貯めになりますか?と聞けないのだろうか。

考える時間をくださいよ。


ヨドバシカメラなどを見習って欲しい。

「TSUTAYAをはじめTポイント提携先で、利用する金額に応じて貯めることができるポイントです。貯めたポイントをTSUTAYAや一部提携先で使ったり、提携先が発行しているポイントなどと交換することができる。 」


素晴らしいとは思う。


だが、提携先がいけないのか、提示してくるタイミングが殆ど悪い

Tポイントお持ちですか?・・・の提示のタイミング。


コンビニは仕方がないとして、問題はスーパー。


商品をレジのスキャンでスキャンして、合計金額が出てから


「Tポイントお持ちですか?」


おそっ


慌てて出しているひとをよく見かける。


商品をスキャンする前、スキャンしながら聞けないものなのか。


もう少し頭を使いましょうよ

今日(8月10日)の朝日新聞のトップ記事の見出しが、


「谷 3連覇逃し銅」


なんで?


銅メダルを取っているのになんで?


5大会も連続メダル取っているのになんで?


世界で第3位なのになんで?


子供を産んだ母が銅メダルを取ったのになんで?


もう少し適切な見出しがなかったのか。
銅メダルを取ったことが悪いみたいに感じますが。


しかも負けて立ち去る瞬間の写真。


銅メダルを取ってはいけないみたいだね、この日本は。


どうなってしまったのか。

時間は平等。


当たり前のこと。


遊んでいても。仕事をしていても。寝ていても。貧乏でも。金持ちでも。
24時間という時間は平等に訪れる。


男にとって、仕事は自分を成長させるためにはとても重要なこと。
とくにこの現代では。


仕事だけでなく何かをものにするには時間をかけることにしている。
ただ時間をかけるだけでなく、本質を見抜くことも忘れない。


自分が尊敬する人たち、仕事ができる人たちはすべて時間をとても上手く使っている。
簡単に言えば、


24時間仕事をしている。頭を使っている。考えている。60歳になっても、70歳になっても。


自分はそうなりたい。それが普通の考えだと思っていた。
だが、これは普通ではないことに気づく。


周りの人たちをみて疑問だらけ。しかしできる人たちは周りの人たちのすべて逆をやっていることに気づく。

別に周りの人たちを悪くいうつもりはない。


例えば、こんなんです。


Aの仕事はコンピューターのプログラマーだが、仕事以外他のことをやっている。
仕事のことは仕事以外ではまったく関わらない。

話を聞いていると自分より知らないことに違和感を抱く。

同じくBもコンピューターのプログラマー。仕事以外でも仕事をやっている。
話を聞いていると内容の量や質が全然違う。

Aは仕事でのC言語というプログラム言語しかしらない。BはC言語、JAVA、VB、PHPなどなどプログラム言語なら何でも知っている。しかも内容が深い。C言語はプログラム言語の一つでしかない。という本質を理解した上で、時間をかけて努力をしていることに非常に感動する。Aにはまったく共感もしないし感動もうまない。

Aの仕事は増えない。だから経験もつめない。
Bはどんどん仕事が増えていく。経験もどんどんつめる。有能な人間へと進化していく。


どちらがいいか。


自分はBの選択をとる。


Bのやり方をしてから、仕事は増えた。どんどん知らないことがあり気づくことがあり、
毎日勉強づけである。


他にも、時間の使い方によってこんな感じに違いがある。


・家でテレビだけを見ている。→ 考えてテレビを見ている。

・ただ楽しみたいだけに飲みに行く。→ 考えたり仕事に行かせないかこの人と何かできないか飲みに行く。しぐさや動作など違いがないかなどいろんな視点で飲んでいる。

・車を運転しているときは爽快のみで運転する。→ 仕事やいつもは考えないことを考えながら運転する。

・電車の中では寝てる、ただ楽しみだけで本を読む。→ 考えながら寝る。考えながら本を読む。仕事にいかせないかなども考えている。


他にもたくさんある、割と仕事以外でも仕事のことを考えているのがわかる。


何故なら24時間しか時間がないからである。


時間の使い方は訓練である。


どちらがいいか。


どちらも正しい。


自分はこのブログ記事を書いているときも、ドラマ「四つの嘘」を見ながら仕事のことを考えながら書く。

「失礼ですけど」をやたらと使う人が多くいる。
この言葉を使えば、どんなことを聞いても言ってもいいと思っているのだろうか。


面白いことにこの「失礼ですけど」を使う人には共通点があった。
人が悪い人、仕事が出来ない人、職権乱用する人、人をなめている人に多く見られる。

逆を言えば、思いやりがある人、仕事が出来る人はこの言葉を使用しない。
何故ならこれを言われたら嫌な気分になるしその後続く言葉は本当に失礼だから。


やたらと「でも」、「だから」を使う人と一緒です。


何処で覚えたのでしょうか。非常に悪く汚い日本語です。

「失礼ですけど、この言葉を使う人は人間のクズです。」
言われて許せますか?こんなことを言う人が仕事できると思いますか?

親をはじめ、学校の先生、友人などに「本を読みなさい」と子供の頃から言われきた。
ずーーーーーーーっと納得がいかなかった。


本は色んなことを学べるし、言葉を知ることも出来るし、考える力もつく。
でも「本を読め」ははたして正しいものだろうかと。


何が気になるかって「を」の部分である。


わたしにとっては「本だけが良い」にしか聞こえない。


「も」ではいけないのだろうか。


・本を読むこと「も」必要
・新聞を読むこと「も」必要
・インターネットを見ること「も」必要
・テレビを見ること「も」必要
・ゲームや映画、音楽、ミュージカルなど見たり聴いたりすること「も」必要
・スポーツをすること「も」必要
・人と会って話したり聞いたりすること「も」必要
・実際に現場に行って自分の目で見て触れて、感じること「も」必要
...etc


基本的に、情報を整理する能力や考える力、人として問題なければよくて、
どの手段をとっても同じ能力が身に付けば良いのではないか。

こんなこと当たり前なのだが、すべてを凝縮して「本を読め」になるらしい。
この世のすべてが「本を読む」だけで解決するならば、そりゃ読みますよ。


もちろんテレビやインターネットがない時代のときは、新聞や本が情報を集めたり考えたりする手段として大きく機能していたことは否定はしないし間違っていたとは思わない。
だからといって過去の手段だけが正しいとも思わない。


今は、インターネットを情報収集の手段としての役割が大きくなってはいるが、
インターネットではない情報収集の手段が出てくれば、それは手段としてまた利用すればいい。


だから本「も」読めが正しくないですか。


以上屁理屈でした。

「失敗を恐れず、失敗しても何でも起き上がるよ。
普通は失敗を恐れるから、並の男じゃないよ、あんたは。」


とある人に言われたことがある。


ほぼ合っている。わたしは失敗を恐れはしないが失敗は多い。


何かに失敗しても生きなくてはならない。マイナス思考になっても。
失敗して多くのことは学べる。でも精神的にまいる。とわたしは思っている。


わたしは、プラス思考だが、失敗をして立ち直るまで、
1年はマイナス思考である。最近は2年ぐらいマイナス思考。


生きるということは難しい。
出来れば失敗ばかりではなく、上手く行くことも願いたい。

こうやって生かされている以上、前に向かって生きるしかない。

プロフィール

Kamitani79
ニックネーム : Kamitani79
映画鑑賞、音楽、写真、ゲーム。地元・横浜をこよなく愛する( `・∀・´)ノヨロシク
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