戯言・屁理屈: 2008年7月

「失礼ですけど」をやたらと使う人が多くいる。
この言葉を使えば、どんなことを聞いても言ってもいいと思っているのだろうか。


面白いことにこの「失礼ですけど」を使う人には共通点があった。
人が悪い人、仕事が出来ない人、職権乱用する人、人をなめている人に多く見られる。

逆を言えば、思いやりがある人、仕事が出来る人はこの言葉を使用しない。
何故ならこれを言われたら嫌な気分になるしその後続く言葉は本当に失礼だから。


やたらと「でも」、「だから」を使う人と一緒です。


何処で覚えたのでしょうか。非常に悪く汚い日本語です。

「失礼ですけど、この言葉を使う人は人間のクズです。」
言われて許せますか?こんなことを言う人が仕事できると思いますか?

親をはじめ、学校の先生、友人などに「本を読みなさい」と子供の頃から言われきた。
ずーーーーーーーっと納得がいかなかった。


本は色んなことを学べるし、言葉を知ることも出来るし、考える力もつく。
でも「本を読め」ははたして正しいものだろうかと。


何が気になるかって「を」の部分である。


わたしにとっては「本だけが良い」にしか聞こえない。


「も」ではいけないのだろうか。


・本を読むこと「も」必要
・新聞を読むこと「も」必要
・インターネットを見ること「も」必要
・テレビを見ること「も」必要
・ゲームや映画、音楽、ミュージカルなど見たり聴いたりすること「も」必要
・スポーツをすること「も」必要
・人と会って話したり聞いたりすること「も」必要
・実際に現場に行って自分の目で見て触れて、感じること「も」必要
...etc


基本的に、情報を整理する能力や考える力、人として問題なければよくて、
どの手段をとっても同じ能力が身に付けば良いのではないか。

こんなこと当たり前なのだが、すべてを凝縮して「本を読め」になるらしい。
この世のすべてが「本を読む」だけで解決するならば、そりゃ読みますよ。


もちろんテレビやインターネットがない時代のときは、新聞や本が情報を集めたり考えたりする手段として大きく機能していたことは否定はしないし間違っていたとは思わない。
だからといって過去の手段だけが正しいとも思わない。


今は、インターネットを情報収集の手段としての役割が大きくなってはいるが、
インターネットではない情報収集の手段が出てくれば、それは手段としてまた利用すればいい。


だから本「も」読めが正しくないですか。


以上屁理屈でした。

「失敗を恐れず、失敗しても何でも起き上がるよ。
普通は失敗を恐れるから、並の男じゃないよ、あんたは。」


とある人に言われたことがある。


ほぼ合っている。わたしは失敗を恐れはしないが失敗は多い。


何かに失敗しても生きなくてはならない。マイナス思考になっても。
失敗して多くのことは学べる。でも精神的にまいる。とわたしは思っている。


わたしは、プラス思考だが、失敗をして立ち直るまで、
1年はマイナス思考である。最近は2年ぐらいマイナス思考。


生きるということは難しい。
出来れば失敗ばかりではなく、上手く行くことも願いたい。

こうやって生かされている以上、前に向かって生きるしかない。

プロフィール

Kamitani79
ニックネーム : Kamitani79
映画鑑賞、音楽、写真、ゲーム。地元・横浜をこよなく愛する( `・∀・´)ノヨロシク
自己紹介 :
このエントリーをはてなブックマークに追加

携帯サイト

つながり

  • ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ
  • あわせて読みたいブログパーツ
  • フィードメーター - Kamitani79-メロンとバナナとブログ
  • SEO
    loading
Creative Commons License
このブログのライセンスは クリエイティブ・コモンズライセンス.
Powered by Movable Type 6.2.4

最近のアクション

人気のエントリー

最近の写真・画像

空の写真

www.flickr.com
This is a Flickr badge showing public photos and videos from Kamitani79. Make your own badge here.

このアーカイブについて

このページには、2008年7月以降に書かれたブログ記事のうち戯言・屁理屈カテゴリに属しているものが含まれています。

次のアーカイブは戯言・屁理屈: 2008年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。